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出張先でランニング。その10@アテネ

学会発表も終わり、気分もスッキリして、翌朝、ランニングをしました。 目的はリカヴィトスの丘から朝日をみること。 泊まったホテルは、パルテノン神殿の近く。そこからスタート。 まずは、131年に作られたハドリアヌス凱旋門を右に見て、 シンタグマ広場へ そこからコロナキ地区を通り抜けて、リカヴィトスの丘の入り口へ 早朝だったこともあり、人影はまばら、 なのに、怪しげな(勝手に想像)黒ひげの男たちが3人ぐらいたむろっていて、びびりました。 撃たれたらどうしよう(超、勝手に想像)。 ハイスピードで走りに抜け、幸い何も撃たれませんでした。 丘の高さは277m。 長崎市民みんなの山、稲佐山333mよりは低い程度。 適当に走っていると、階段がみつかり、くねくねと登っていき、 日の出前に付きました。 頂上には、若いおねぇさんと、ドローンを飛ばそうとしている兄ちゃんと、おじさん3人だけでした。 夕日のときは、アクロポリス(パルテノン神殿がある場所)の方向へ沈む夕日が見られるので、人がいっぱいなんでしょう。 右にパルテノン神殿。真ん中にゼウス神殿。左に少し見えるのがPanathenaic stadium. 朝日。 海に囲まれているからか、意外と湿度は低くなく、日本っぽい、淡い色調の朝日でした。 丘をくだり、 まだ、あの黒ひげ3人組(迷惑にも勝手に命名)いて、 撃たれないように、ほぼダッシュで、少し蛇行しながら(撃たれても、よけられるはずだと信じ)走りに抜け、コロナキ地区まで駆け下りました。 朝飯は、チーズをパイ生地で包んで焼いたパンをコーヒーと一緒に。 異国の地で食べると雰囲気ありきで、美味く感じます。実際美味かったです。 極度の方向音痴である私は、ほぼ同じ道を戻り、  ローマ時代のハドリアヌスの凱旋門と朝日のコラボレーションを左に見ながら、ホテルに戻りました。 アテネの街の雰囲気は、交易で栄えた国らしく、アジアとヨーロッパが入り混じった猥雑な感じ。 個人的には好きな雰囲気。  でも、メトロ2駅しか離れていないオモニア駅の方は、 落書きが多く、実際、夜は危険な街だそうです...

European Stroke Conference 2018 @ Athens で口演した、の巻

今年も、また味わいました。 やっぱり演題登録時に、 「口演、ポスター、どちらでも」 を選択しなけりゃよかった、 と、どうしようもないのに、どうしようもないことを後悔している。 セッションの一番目の発表。 緊張で、ドキがムネムネ。 European Stroke Conference 2018 @ Athensでoral presentation (口演)しました。 発表したい演題をインターネット登録するときに口演発表かポスター発表か、いずれかを選択するのですが、今回もどちらでもを選び、結果 口演 去年、国際学会初公演の経験(※)は済ませたので、なんとかなるか、と軽い気持ちで。 ※ International stroke conference 2017 at Houstonで口演してしまった。 とはいえ、ポスター発表も大変そうでした。 このポスター講演はe-posterで、 さらに内容の説明をしないといけないので むしろ、口演よりド緊張するかも。 内容は、Embolic stroke of undetermined sourceは心疾患リスクを持っている。 という話。 今、私が主に取り組んでいる課題です。 高名なHennerici先生が座長で、光栄でした。 私はそのセッションのトップバッターだったので、最前列に座り、その時を待ちます。 セッションが始まる前に、Hennerici先生が少し話をされ、 私は、ドキがムネムネ状態なので、あの演壇に立つことで頭がいっぱい。 Hennerici先生が話し、一呼吸おく。 立石立つ。 Hennerici先生、話し出す。 立石座る。 Hennerici先生が話し、一呼吸おく。 立石立つ。 Hennerici先生、話し出す。 立石座る。 を後2回位繰り返して、 Hennerici先生、 「最初の発表者は…、君だね(間違いなく)」 間違いありません。 刑事に捕まる犯人よろしく連行される気分で演壇へと向かったのでした。  発表の後、 なぜBNPを因子に選んだのかと聞かれて、聞いたその背景を読み取れ...

2018年日本脳卒中学会学術集会 @福岡 集約化について、つらつらと。

2018年3月14-17日脳卒中学会総会が福岡でありました。 長崎から福岡は特急に揺られて2時間ですので、近いです。 となると、必然、滞在時間も短くなります。 私は1日だけ参加しました。 なんだかなぁ、と思います。 日本の脳卒中の一番の学会なのに、堪能できないという事実。 その要因は、いくつかあって、 一番の要素は、個人のというか、日本人の気質。 「病院に残っているスタッフは少ないから、急患がたくさん来たら大変だろうなぁ。早く戻らないと、怒られちゃうかな」 と勝手に忖度して、 短い時間の滞在になる。 ただ、たしかに、うちの内科スタッフは少ない。 3人だけ。 この少ない理由は、そもそも全国に脳卒中を専門とする内科医が少ない、ということにたどり着きます。 脳卒中は急性期に沢山の人的パワーを必要とする疾患です。 少ないものは増やすしかありませんが、 しかし、そこはそう簡単なことではありません。 少ない人員でも、効率的に脳卒中急性期診療を行っていくためには 「集約化」 が一つの方法になります。 それが進んでいるのはドイツのようです。 Heidelberg大学のHacke先生の話を聞きました。 最初から聞くつもりが、方向音痴な私はなかなかメインホールにたどり着けず、福岡国際会議場を1階から4階まで4往復して、やっとたどり着いたときには残り10分。 ドイツでは脳血栓回収術を年間50例以上(当院は40例程度)施行している病院が3割あって、100例以上は4割あります。 ドクターヘリなどを使い、センター化された病院で脳血管内治療を行った結果、ドイツ全土の患者さんに対して脳梗塞に対する脳血管内治療が施行されています(中心部のごく一部にだけ、その治療を受けた患者さんがいない地域がありました) アメリカの問題は、小さな(スタッフが少ない)施設が脳血栓回収術をしていること。 と、軽くアメリカをディスってるように思いました。 ヨーロッパ vs. アメリカの構図は国際学会あるあるです。 国の特徴があり、一概に優劣はつけられないですが、 一般的には集約化することが、人的資源や医療レベル向上の視点から考えると理にかなっていると思います。 しかしながら、そうは言っても、どうやって集約...

NGK48論文。掲載されました。

NGK48の期間はそれ以前の期間(pre-NGK48) と比べて、来院から治療開始までの時間が短縮 56分 vs. 48分、p<0.001 図ったように48分。 怪しいデータにみえてしまいますが、 真実ですので。 N urse of emergency department G uides stro K e team to early thrombolytic treatment within 48 hours: NGK 48 study という研究名。 ONYANKO studyだと、ちょっと違う。 医師と看護師の協同とStroke Code の導入が来院からtPA 静注療法開始時間を短縮する可能性がある 名付けておきながら、毎度、毎度、講演や学会などでこの名前を言うときには、恥ずかしさで 妙に早口になったり、 「いや、キャッチーな名前のほうが、看護師だけでなく、検査技師さんとかが気にしてくれるので・・・」 などと言い訳がましくなったりします。 英語の論文で投稿すると、よっぽど日本のポップカルチャーに詳しい人が査読してくれない限り、 「なんで48分やねん」 って、突っ込まれる可能性が高いので、 日本語で書きました。 この度、脳卒中2018年1月号(48巻1号)に掲載をいただきました。 査読してくださった先生、ありがとうございました。 ・・・、それでも、NGK (長崎空港の空港コードと一緒)と 48分って言う絶妙な時間、 気に入っています。 研究テーマはtPA静注療法の来院から治療開始までの時間短縮を目指す研究です。 ポイントは、救急外来の看護師が、tPA静注療法適応の可能性がある患者の診療に大きく関わることです。 具体的には、看護師の中で勉強会をしたり、看護師が脳神経内科医や脳神経外科医、また放射線技師と勉強会をしたりして、前準備しました。 研究期間においては、 実際の診療の現場で、これまで医師がやっていた仕事(MRI検査室に連絡し、時間調整をする。tPAの投与量を計算し、開始する)を能動的に行うようにしてもらいました。 特に重要視したのは、「時間を意識すること」です。 それを看護師に伝えると、いつの間にか、 来院時間をチェックし、「来院後、5分で画像検査のた...

明けましておめでとうございます。2018

明けましておめでとうございます。2018。 今年も、無事に新年をむかえることができました。 脳神経外科の皆様、いつも、綺麗事抜きに、診療してくださいまして、ありがとうございます。 結局、脳卒中診療は、脳神経外科のバックアップがあってこそ成り立つものです。 私達内科医は、その事実に対して、謙虚であるべきで、 感謝の気持ちで診療していきたいと思います。 病棟看護師の皆様、いつも患者さんの受け入れ、対応ありがとうございます。 ・・・ って、いろいろなところに「ありがとうございます」、っていう文章を一回書いてみると、相当うるさい文章になったので、 書くのやめます。 「ありがとうございます」なんて、直接言うもんだし。 ただ、内輪のことですけど、もう一つだけ。 うちの脳卒中センター、内科のスタッフ2人(関連病院にももう1人)、頑張ってくれました。 それと脳神経内科難病グループも日曜日脳卒中ホットライン当直を頑張ってくれました。 みんなで今年も頑張りましょー。 今後もさらに良質な脳卒中診療を提供できるように、 日々、反省しながら、励んでまいります。 昨年を振り返ると、大きなことが2つありました。 1つは、これ International stroke conference 2017 at Houstonで口演してしまった。 私の脳卒中診療医としての2大目標が達成された瞬間でした。 今年は、European Stroke Conference に演題を出しているので、通っていれば アテネ。 もう1つは、これです。 研修医にレジデントノートをプレゼントする 「編集しませんか」 とメールがきて、 「新手のフィッシング詐欺かもしれない」 と少し疑いつつ、メールを下までみると、 ちゃんとした会社の、さらに研修医に人気のあるシリーズの編集でした。 編集と言っても、大まかな流れは決まっているので、「編集者」としてした仕事は -- それぞれのセクションに寄稿していただく先生にお願いすること -- 書いていただいた内容を拝見して、偉そうに少し提案させていただくこと -- 「編集にあたって」で好きなことを書くこと ぐらいです。 べつに、そんな特別なことしてませんので、偉くもなんと...

研修医にレジデントノートをプレゼントする

脳内スタッフと研修医1年目たち。 脳卒中センターは今年21人がローテートしてくれます。 ありがとうございます。 っていうか、自分目と閉じとるし。 レジデントノート2017年12月号の特集は 「一歩踏み出す脳卒中診療」 です。 私が編集をさせていただきました。 せっかくなので、 脳卒中センターを研修してくれた研修医にプレゼントしました。 自腹を切って。 うそです。 医局のお金で。 編集をさせていただいたので10冊以上購入割引あり。 人数分買えました。 研修医の皆さんには、 ただより高いものはない、ということで入局してもらおうかと思いましたが、 行き過ぎ(ちょっとだけ、) ということで、それは諦めました。 その代わり、 当科の宣伝のために、写真をつかわさせていただくことに許可をもらいました。 皆さん、ありがとね。 編集の仕事として、各項目に寄稿していただく先生を、私の独断で決めさせていただきました。 「いやいや、この先生がよかったんじゃない」 とか、思われるのかなぁ、など、小心者の私は、無駄に悩んだり悩まなかったり。 結局、完成したものは、脳卒中初学者が明日の臨床現場で、一歩前に踏み出して診療に取り組める内容になっていて、 無駄な悩みは、やっぱり無駄でした。 「出血性脳血管障害」の項目は、当院脳神経外科の先生にお願いしました。 内科医を目指す研修医の場合、知識が希薄になるくも膜下出血の初期診療。 再破裂を起こさないために、どれだけ気を配らなければならないか。 私達内科医は、その厳重な初期診療を傍で見ているので、 「これは、若い人たちも知っておかんといかん」 と、思ってお願いしました。 研修医の皆さん、 くも膜下出血の初発症状は、 ありふれた症状 「頭痛」 ですよね。 ウォークインで来院されることもあります。 頭痛の鑑別で、くも膜下出血をあげることはできますよね。 くも膜下出血を強く疑っても、 「ウォークインで来院したから」 という理由で、その後の初期対応を普通の診療のとおりにしていると、 目の前で再破裂を起こしてしまうかもしれませんよ。 くも膜下出血の初期診療、 知っておきましょ...

脳卒中センター開設6周年

おめでとうございます。 ありがとうございます。 なんだか、とびとびで、この記事を書いているようです。 脳卒中センター開設◯◯周年 2011年内科医だけで始まった(もちろん、脳神経外科のサポートがあり)、脳卒中センターの歴史。 短いけど。 それなりにいろいろありました。 いろいろあって、最初は、 「血管障害をみる脳卒中内科医でいくぞー」 って、片意地張ってはじめましたが、 なんだか、そういう、「自分の思いだけ」でやるのは、世の中の流れに沿ってないし、自分の哲学にもあってないことに、やっと最近気づいてきました。 やっぱり、 「求められているものに応える」 ことが大事なような気がします。 で、 求められるものって、意外と、世の中の原則であって、本幹であり、 そんなに変わらないもの、 なのかもしれません。 冷静に、周りを見回して、歴史をふりかえると、 そんなに難しいことじゃない。 2014年から、脳神経内科が教室として発足し、初代教授が就任しました。 神経診療は血管障害と、その他の神経疾患、一緒に診療し、教育し、研究していく、土台の骨組みが作られました。 現在は、未来の脳神経内科スタッフが、立派な診療をおこなっていくために、しっかりとした土台を作る時代です。 私も、脳神経内科の医局長として、若いスタッフの意見を積極的に使って、未熟でも、トライしてみて、自分たちで、礎を築く、楽しさに、喜びに気づいてほしいと思っています。 スタッフ全員が自分たちの未来づくりに関与すること。 当たり前ですけど、 それが、長崎の脳卒中診療、神経難病疾患診療の未来につながると信じています。 そして、2017年から脳卒中センターは、脳神経外科と脳神経内科、一緒に運営することになりました。 それまで、一緒に脳卒中診療にあたってきました。 組織の形として、あたり前になっただけですが、それも、流れを考えると、必要なことでしょう。 まだ、10年も経っていませんが、それでも、継続してこれたのは、周囲のサポートがあってこそ。 開業医の先生方、総合病院の先生方、回復期を診療いただく先生方、医療スタッフの皆様から、地域の脳卒中診療へのご理解を頂いていること、ありがたいことです。 ありがとうござ...